・旅客機のエアコンは、フロンガスなどの冷媒や大きな電力を使わなくても空調ができる面白い仕組みを利用しています。
家庭用のエアコンやカーエアコンと違い、旅客機のエアコンはエアサイクル方式(Air cycle machine)による空気の断熱圧縮と断熱膨張を利用して冷気を作る方法が採用されています。
いったい何が違うのか?
もくじ
家庭用エアコン(カーエアコン)の仕組み
冷媒(フロンガス)を使用した冷凍サイクル
・家庭用のエアコン(カーエアコン)は、フロンガスという冷媒をパイプで屋内と屋外を循環させることで熱の移動を行っております。
部屋(車内)の熱を冷媒が吸収し、室外(車外)に放出することから、別名 ヒートポンプと呼ばれることもあります。
家庭用エアコンは下記のアニメーションのように、冷凍サイクルを繰り返すことで部屋の冷房を行っています。
This image has been created during “DensityDesign Integrated Course Final Synthesis Studio” at Polytechnic University of Milan, organized by DensityDesign Research Lab in 2015. Image is released under CC-BY-SA licence. Attribution goes to “Irene Tribuzio, DensityDesign Research Lab”. / CC BY-SA
- 圧縮機(COMPRESSOR):気化した冷媒を圧縮し昇温
- 凝縮器(CONDENSOR):放熱(屋外)により冷媒を凝縮させ液化
- 膨張弁(EXPANSION):冷媒を減圧膨張させ蒸発しやすいミスト状にする
- 蒸発器(EVAPORATOR):冷媒を蒸発気化させることでエバポレーター本体が冷たくなり、そこにファンで空気を流すことで冷たい冷気が出る。
・家庭用エアコン(カーエアコン)はこの4つの基本部品で構成されており、冷凍サイクルと呼ばれる1~4の工程を繰り返すことで、夏場の暑い部屋を冷やすことができます。
この装置で大量の電気を必要とするのが圧縮機の駆動モーター。これをいかに省エネにするかという方法を各家電メーカーが研究・開発し新製品として販売しています。
旅客機 エアコンの仕組み
・旅客機に使用されているエアコンシステムは、極端な話をすると圧縮空気さえあれば簡単に冷気が作れるという大変有能なシステムです。
※冷気を作るだけならという極論です。実際は常時圧縮空気を作る動力や制御回路用の電気は必要です。
一見、複雑そうな仕組みのエアサイクルマシン(Air cycle machine)ですが、実物は自動車のターボチャージャーのような形状をしています。Boeing 747に搭載されているシステムもこのようにシンプルな構成です。
・常に軽さが求められる航空機にとって、このエアサイクル方式は軽量でシンプル・有害なガス漏れもなく・頑丈で信頼性が高いと同時に、機内の気圧を生命維持に必要な環境に与圧するという空気ポンプの役目も併せ持っています。
エアサイクル (air cycle) 方式とは
・身近な例だと、膨らました風船の口を緩めると勢いよく噴き出る空気が冷たく感じたり、スプレー缶を長時間噴出させると缶が冷たくなるという現象に似ています。
エアサイクル方式は、圧力が高い状態の圧縮空気を急激に膨張させ圧力を下げることで低温の空気を得るという方法を利用しています。(原理は簡素化しています)
風船やスプレー缶が噴出する冷たい空気は一瞬だけですが、エアサイクルマシン(ACM)はエアコンが必要な間、常時大量に冷気を供給できるという装置なのです。
冷気を作り出す供給源
・エアサイクル方式の空調システムを作動させるためには、大量の圧縮空気が必要。
その主な供給源は3つあります。
- ジェットエンジンの圧縮機から抽気した燃焼前の清浄な圧縮空気
- 補助動力装置(APU)から供給される圧縮空気
- 地上設備や ASU (Air Start Unit)車など
※B787を除くほとんどの大型ジェット旅客機( B737・B767・B777・A320など)がこの原理で空調を行っています。
エアサイクルマシンの作動図
・下の作動図では、エアサイクルマシンに供給された圧縮空気の温度や圧力が ①~⑦の間にどれくらい変化するのかを説明しています。
※空調システムの作動には、飛行中はメインエンジンから・地上駐機時はAPUから抽気した多量の圧縮空気(温度 約180℃/圧力 2.6気圧程度)を Air Conditioning Unitへ供給する必要があります。
RosarioVanTulpe / CC BY-SA一部加筆して掲載
- エンジンから供給された圧縮空気を冷却する熱交換器
- 供給された空気をさらに圧縮するACM コンプレッサー
- 高温となった圧縮空気を冷却するメインの熱交換器入口
- ラムエアー(上空 -50℃~地上 40℃の外気)取込み口
- 取り込んだ外気は熱交換された後に排出
- メイン熱交換器出口
- 圧縮空気は、ACM タービンを通過することで圧力と温度を急激に下げ冷気となる
- タービンの回転によって得られた動力で同軸の圧縮機を回す
- ウォーターセパレーターを通過後、冷気は機内へ
※ウォーターセパレーターは、冷気に含まれる水分が装置内で氷結しないよう水分を除去する装置です。(水分を除去することで機体を腐食から保護する役目もあります)通過後に乾燥した-2℃の冷気は、高温のブリードエアと混合することで快適に感じる25℃前後に調整し機内へ送られます。
温度/圧力グラフ
・作動図 ①~⑦の(温度/圧力)状態をグラフにすると下記のようになります。
下のグラフは、4エンジン搭載機が満席の状態で41,000 ftを巡航飛行している場合の一例です。
RosarioVanTulpe / CC BY-SA一部加筆して掲載
- エンジンからエアサイクルマシンへ供給された圧縮空気①(180℃/2.6気圧)は、熱交換器によって約90℃まで冷却。
- ACMコンプレッサーによって(140℃/3.4気圧)まで再度圧縮。
- 外気(飛行時-50℃~駐機時40℃)を利用して圧縮空気を冷却。
- 熱交換器を通過することで圧縮空気は約40℃(3.6気圧)まで冷却される。
- ACMタービンを通過することで急激に膨張し冷気(-20℃/1.2気圧)となる。
- ウォーター・セパレーターを通過した冷気は-2℃となります。その後、温度調整されキャビン内へ供給される。
機内への空気吸入口ではない飛行機のお腹のあの場所
・飛行機のお腹の部分にある空気吸入口(インテーク)は、新鮮な空気を機内へ取り込む場所と勘違いされている方が多い部分ですが、実際は先ほどの ”エアサイクルマシン作動図” で紹介した熱交換器のラムエアーを取り込む吸入口となっています。
なぜ家庭用に転換できないのか?
・シンプルで頑丈な構造のエアサイクル方式。フロンガスなどの冷媒が不要で安全性が高く、冷気を作るのに電気や動力をほとんど必要としない。
(あくまで例え話、実際は制御装置や保護回路、圧縮空気源が必要です)
そんな夢のような装置がなぜ家庭用に普及しないのか。
色々な要因がありますが、大雑把な表現をすると次のような欠点があるため家庭用には採用されていません。
- 大量の圧縮空気を供給できる装置が必要。
- 騒音が酷い。
- 冷却効率はフロンなどの冷媒を使用した装置が良い。
・飛行機に搭乗時、機体の近くでは『キーン』と甲高い耳障りな音が聞こえる場合があります。あれはAPUの作動音ではなくエアコンの騒音(熱交換器をファンで冷却している音)がほとんどです。
また、巡航中は-50℃の外気で熱交換するので効率よくエアコンを作動させることができますが、40℃を超える夏場の駐機時にはかなり冷えが悪くなります。
他にも、多量の圧縮空気を作るには動力が必要なことから、家庭用には転換しにくい装置となっています。
補足ですが、空港に設置されている地上供給型の冷房設備も、静かで冷却効率の高いフロンガスを使用したパッケージ型エアコンが使用されています。
マンホールから機体へと接続されるホース、機内を空調するための冷気が流れている。
・地上用としては色々欠点はありますが、エアサイクルマシンは大型旅客機にとって最適なシステムとなっています。
- 冷媒が空気なので安全性が高い
- 供給能力に対して装置がシンプルで軽量
- 空調と与圧用空気ポンプの役目が同時にできる
燃費節約:半分を再循環させるシステム
旅客機のエアコン:再循環システム
・飛行中のエアコンは、推進用の主エンジンが圧縮した燃焼前の清浄な空気を利用して行っています。しかし、エンジンにとってはせっかく圧縮した空気を途中で抜き取る(抽気)は燃費の悪化に直結します。
そこで考え出されたのが、エンジンから常に100%抽気するのではなく、機内の空調に使用した空気の一部(50%)を排出せずにフィルターで清浄し再利用するという再循環システムです。
このシステムだと、エンジンからの抽気が50%になるので燃費が良くなります。
B787はさらに進化している
・エンジンからの抽気を50%程度に抑えて燃費の向上に成功した再循環システム。それなら、いっそのこと抽気を0にすることはできないのか。
エンジンから、空調用の圧縮空気を一切取り出さなければ燃費は良くなるはず。そのような考えで開発されたのが Boeing 787のエアコンシステムです。
電動コンプレッサーによって圧縮空気を作り出し、エアサイクルマシンを動作させることで既存の旅客機と同様の機内空調・与圧が可能となった。その結果、燃費性能が格段に向上した。
画像真ん中:RAM AIR INTAKE(ACM 熱交換器用)/ 電動コンプレッサー用吸入口(下)
みんなの疑問:機内の空気は綺麗なの?
・機内の空気を再循環させるシステム。燃費性能は良くなっても乗客の健康面は大丈夫なのか、空気は汚染されていないのか。
この分野については、1995年から既に疑問視され研究されています。
興味のある方は参考にしてみてください。
飛行機の機内の空気はキレイなの大丈夫?:実は手術室並だった!
スポットにいる飛行機のあのキーンという騒音はAPUの音だと思ってました。まさかエアコンのラムエア用のファン騒音だったのか。納得。次の修行時に観察してみます。