火山噴火でなぜ飛行機は欠航・迂回をするのか?その理由はシャーペンの芯程の小さな穴がカギを握っている。
エンジンが多量に火山灰を吸い込むと、たとえ60メートルを超える巨大な飛行機でも簡単に危機的状況に陥る。
火山が噴火した周辺では「飛行機はなぜ欠航するのか?」「なぜ大きく迂回する」必要があるのか。
もくじ
①:火山灰(volcanic ash)の成分
・噴火によって噴出する火山灰。その定義は大きさが2㎜以下の粒子とされており、粉塵として空気中を漂いながら時間とともに地上へ落下する。しかし、粒径が数ミクロン~数十ミクロンといった顕微鏡レベルの粒子は、ジェット機が飛行する高度10,000mの高さ以上まで噴き上げられることもある。
その火山灰の成分には、火山ガラス・鉱物・岩石(安山岩質、玄武岩質、流紋岩質)などが含まれている。特にケイ酸塩が主成分の曹長石(そうちょうせき:アルバイト)は機体やエンジンに深刻なダメージを与える。
・曹長石はケイ酸塩鉱物の一種で、ガラスより硬いという特徴がありモース硬度で示すとこのようになる。
- 曹長石 6~6.5
- 窓ガラス 5.0
- やすり鋼 6.5
火山灰には、この硬くて鋭いエッジをもった数ミクロンの破片が含まれており、高速で飛行する航空機の窓やセンサー類、エンジンに対して深刻なダメージを与える。
②:火山灰の中を通過するとどうなるのか?
・ケイ酸塩鉱物や火山ガラス・砂塵を含む火山灰の中を飛行するとどうなるのか。過去の事例で起こった現象を時系列に並べるとこのようになります。
- 静電気を帯びた粒子がコックピットの窓や翼などにあたり光を放つ(セントエルモの火)が発生。
- エアコンを通して機内に火山灰が流入する。
- 機内はもやがかったようになり、埃や塵がテーブルや座席を覆い硫黄の臭いが漂う。
- コックピットの窓が、すりガラス状になり表面が曇る。
- ピトー管などセンサー類にも侵入し計器が誤動作する。
これだけであれば適切な対応を取ることで危機的状況を避けることができます。
しかし、やすり鋼並みに硬い曹長石の破片がエンジンに多量に吸い込まれると、ファンブレードや圧縮機を傷つけてしまい空力的設計値から外れ運転が不安定になる。
また、ガラス質の物質が高温部で溶け、エンジンに致命的な故障を引き起こす。
③:エンジンにとって火山灰は脅威なのか
・なぜ、エンジンに多量の火山灰が吸い込まれると致命的な故障につながるのか。
それは、先ほどのファンや圧縮機ブレードを傷つけることで運転が不安定になる他にも、エンジン内の環境温度が引き起こす脅威がある。
まず、火山灰に含まれる物質はどのくらいの温度で溶けるのか。
- ガラス質の成分 600~700℃
- 鉱物や砂塵などの結晶質 1100~1300℃
現代の旅客機に搭載されている大型ターボファンエンジンの構造がこちら。
ここで注目したいのが、特に高温部となるCombustion chamber(燃焼室)とHigh-Pressure turbine(高圧タービン)という部分。
燃焼室では、最高温度2,000℃に達する高温・高圧の燃焼ガスが生成される。
また、高圧タービン部ではアイドリングで1,000℃~、離陸時は最大1,600℃前後の燃焼ガスを受けて動作している。
つまり、エンジンが運転中(フライトアイドル以上)であれば、ガラス質の成分は容易に融けることになる。
離陸・上昇中など高推力設定時の場合だと、鉱物を含む結晶質の火山灰まで融かすことになる。その結果、水あめ状になった火山灰が、燃焼室やタービン部分に付着し冷却孔を詰まらせてしまう。
火山灰の中を飛行機が飛ぶと、エンジンがこうなる。
高熱で溶けた火山灰がガラス状になり、それが冷えて固まりタービンにこびりつく。
最悪エンジンが止まる。 pic.twitter.com/zSMPVngtbc
— ベルカ宇宙軍 (@noradjapan) January 16, 2022
シャーペンの芯より小さな穴が巨大なエンジンを守る
・燃焼室だけでなく、高温・高圧の燃焼ガスを最初に受けて回転エネルギーを取り出す高圧側のタービンブレードやノズルといった部品は、耐熱性に大変優れたニッケル超合金が使われているが、現代の大型高性能エンジンはその金属が融ける温度を超える環境で運転している。
これらの部品が融けずに正常運転できるのは、常に部品の内部や表面を空冷しているから。燃焼前の圧縮空気をブレードやノズルの小さな孔から噴き出すことで高温の燃焼ガスから部品を守っています。
どれほど小さな穴なのか?
高圧タービンノズル画像
正常なノズル
拡大
孔が塞がり冷却性能が悪くなったノズル
高圧タービンブレード画像
正常なタービンブレード
拡大
冷却孔が塞がり耐熱温度を超えたブレード
・もしも、これら無数の冷却孔が水あめ状に溶けた火山灰で覆われ詰まってしまうと、タービンやノズルは正常に空冷できず破断する場合もあります。その結果、エンジン停止や動作不安定という事態を招くことになります。
次に、実際に発生した事例を紹介します。
ジャンボジェットとして有名なB747型機には4つのエンジンが搭載されており、理論的には全てのエンジンが同時に故障することはないとされている。しかし、過去には火山灰によって全てのエンジンが停止しました。
ブリティッシュ・エアウェイズ BA009便|理論上はありえないB747型機の4エンジン同時停止
Richard Silagi [GFDL または GFDL]
・1982年6月24日、ブリティッシュ・エアウェイズ BA009便(ロンドン ヒースロー発 ニュージーランド メルボルン行き)B747-200型 G-BTXH RR製RB211エンジン搭載機。
BA009便がインドネシア ジャカルタ上空を37,000ft(11,000m)で巡航中、コックピットの窓付近がセントエルモの火と呼ばれる微細な稲妻が走る放電現象に包まれた。また、機内はエアコンを通して火山灰が流入し硫黄の臭いと埃で霞んだようになった。
その直後、4番エンジンがサージング(エンジン内への流入空気が乱れ運転が不安定な状態)を起こしたので予防処置として停止させた。残り3つのエンジンでジャカルタへ向かい緊急着陸する決定をしたが、残り3つのエンジンも全て不調となり停止した。
手順に従い機体を降下させながら、何度かエンジンの再始動を試みたが成功することはなかった。しかし、高度4,100mまで降下したところで火山灰で霞んだ雲から脱出。新鮮な空気がエンジン内へ取り込まれたことで、最初に停止させ損傷の程度が小さかった4番エンジンの再スタートに成功。
続いて、残り3つのエンジンも全て再スタートできたが、2番エンジンはやはりダメージが大きく再度停止させた。残る3つのエンジンでBA009便はジャカルタ国際空港に無事着陸した。
原因は、インドネシアにあるガルングルン山の噴火に伴う、エンジンの火山灰吸い込みによるものだった。
火山灰により大きなダメージを受けてもなお再始動でき、乗員・乗客を無事生還させたB747-200型機(G-BTXH)に搭載された RR製RB211エンジン。その功績をたたえオークランド博物館に現物の部品が展示されている。
それがこちら↓
・別の事例としては、1989年12月15日 KLM867便(アムステルダム発ー成田国際空港行き)B747-400が巡航中に、アラスカ リダウト山の噴火による火山灰の吸い込みにより、4つ全てのエンジンが停止したインシデントがある。
今の時代でも完全飛行禁止になるのか
・近年発生した事例としては、2010年3月・4月にアイスランドで発生した「エイヤフィヤトラヨークトルの火山噴火」がある。特に2度目の大規模な噴火(4月14日)では、火山灰が高度16,000mにまで到達。
その後、火山灰は上空の気流に流され南下しアイスランドからイギリスへ。そして、広がりは衰えずヨーロッパ全域、スペイン北部やカザフスタンまで到達した。
2010年4月14日~25日までの火山灰の雲を合成した図がこちら↓
Eyjafjallajökull_volcanic_ash_multilayer.xcf: *Blankmap-ao-090N-north_pole.xcf: Reisioderivative work: Cogiati (talk)derivative work: Cogiati / CC BY-SA
飛行中(巡航・離着陸時)の航空機エンジン故障を避けるため30か国の空港が閉鎖。ヨーロッパを発着する全ての航空便が欠航となったことで大混乱となった。
この処置は、4月20日以降から段階的に解除され運航を再開した。
これまでの「火山灰が上空に少しでもあれば完全飛行禁止」という処置では、経済や物流に与える影響が大きいことから、緩和策がイギリス民間航空局(CAA)によって検討された。
制定された新しい基準では「上空の空気 1㎥中に火山灰は2mg未満」だと飛行可能となった。ただし、飛行前に地上からLIDAR(レーザー光レーダー)によって事前計測するという条件がある。
このように、火山灰は現代のハイテク旅客機にとっても非常に脅威な存在で、飛行の安全を脅かすエンジン故障の要因の一つとなっている。
そのため、大規模な噴火が起こるとその周辺の空港では「飛行機が欠航」、「上空を迂回するな」どの処置がとられている。