航空エンジンは常に進化している。エンジン型式は同じでも燃費や性能の決め手となる『タービンブレード』は何度も改良され性能向上している。
その進化の過程が顕著にわかるエンジン、それがB747(ジャンボジェット)シリーズの747-100~747-300のクラシックタイプに搭載されていたプラット・アンド・ホイットニー社の傑作エンジンJT9Dだろう。
この記事では1970年代初期から2000年頃まで使用されていたタービンブレードを紹介しています。
一見、金属の塊にしか見えないこの部品には、その時代の最先端技術・人類の英知が詰まっています。
もくじ
JT9Dは世界初の高バイパスターボファンエンジン
B747が開発された当時1960年代後半は、まだB707やDC-8が主力機という時代でエンジンもJT3Dなど低バイパス比ターボファンが使われ始めた頃でした。
しかし、B747を飛行させるには当時最も高出力のJT3D(推力8トン)エンジンの約2.5倍の推力(約20トン)が必要。
B747開発成功の鍵を握るのが高出力ターボファンエンジンの成否
プラット・アンド・ホイットニー社は、世界初の高バイパス比ターボファンエンジン JT9を、ボーイングB747(ジャンボジェット)のために開発しました。
JT9Dは後に派生型としてDC-10・A300・A310・B767用も開発されています。
エンジン型式とタービンブレードの関係
B747用 P&W JT9D タービンブレードの変革
(画像左から①~⑥)
エンジン 型式 |
推力 (トン) |
タービン 入口温度 |
材質 | 結晶構造 | 画像 |
JT9D-7 | 20.6t | 1250℃ | B1900+Hf (PWA1455) |
精密鋳造 (CC) |
① |
JT9D-7A | 20.9t | 1265℃ | B1900+Hf (PWA1455) |
精密鋳造 (CC) |
② |
JT9D-7J | 22.1t | 1350℃ | MAR-M200+Hf (PWA1422) |
一方向凝固 (DS) |
③ |
JT9D-7R4G | 25.4t | 1400℃ | PWA1480 | 単結晶 (SC) |
④ |
JT9D-7Q/-59A | 23.5t | 1300℃ | MAR-M200+Hf (PWA1422) |
一方向凝固 (DS) |
⑤ |
JT9D-7Q |
24.0t | 1350℃ | MAR-M200+Hf (PWA1422) |
一方向凝固 (DS) |
⑥ |
※各種データや材質等は、後述する複数の参考資料から調べたものです。ブレードとエンジン型式は、複数の資料で確認していますが間違っている場合もあります。
画像のとおりブレード形状はほぼ同じながら、金属の結晶構造は精密鋳造多結晶(CC)~一方向凝固(DS)~単結晶(SC)と一つのエンジンシリーズが1970年から1982年までのわずか12年の間に3タイプを渡り歩いている。
クローズアップで見るタービンブレードの形状
①:JT9D-7のタービンブレード
- エンジン型式:P&W JT9D-7
- 開発年:1971年
- 材質:ニッケル基耐熱超合金 B1900+Hf(PWA1455)
- 結晶構造:精密鋳造多結晶(CC材)
- 冷却方式:コンベクション+インピンジメント
- 搭載機種:ボーイング B747-100
- 備考:金属の塊のように見えるが内部は中空構造になっており、その中を燃焼前の圧縮空気を流して空冷している。
②:JT9D-7Aのタービンブレード
- エンジン型式:P&W JT9D-7A
- 開発年:1972年
- 材質:ニッケル基耐熱超合金 B1900+Hf(PWA1455)
- 結晶構造:精密鋳造多結晶(CC材)
- 冷却方式:コンベクション+インピンジメント
- 搭載機種:ボーイング B747-100B・B747-200B
- 備考:初期のJT9D-3はUdimet700という材質でわずか500~1000時間で破断したという話があるが、このPWA1455使用のブレードからは寿命が5000時間以上になったといわれている。
③:JT9D-7J/-7Aのタービンブレード
- エンジン型式:P&W JT9D-7J/-7A
- 開発年:1976年
- 材質:ニッケル基耐熱超合金 MAR-M200-Hf(PWA1422)
- 結晶構造:一方向性凝固(DS材)
- 冷却方式:コンベクション+インピンジメント+フィルム
- 搭載機種:ボーイング B747-100・B747-200B・B747-300SR
- 備考:今では当たり前となっている前縁の小さな孔(フィルム冷却)が採用され、材質・結晶構造ともに変更したことで耐熱温度が上昇、寿命も10000時間以上になったといわれている。-7Aは常に進化し続けていたエンジン。2009年に引退したJAL B747-300SRもこの-7Aだった。
④:JT9D-7R4Gのタービンブレード
- エンジン型式:P&W JT9D-7R4G
- 開発年:1982年
- 材質:ニッケル基耐熱超合金 PWA1480
- 結晶構造:単結晶(SC材)
- 冷却方式:コンベクション+インピンジメント+フィルム
- 搭載機種:ボーイング B747-300
- 備考:JT9Dエンジンの最終進化型タイプ、民間機初の単結晶タービンブレード。ダメージが酷いが裏を返せばここまで酷使しても大丈夫という頑丈な材質。B767-300のJT9D-7R4Dにも使用されていた。
⑤:JT9D-7Qのタービンブレード
- エンジン型式:P&W JT9D-7Q
- 開発年:1979年
- 材質:ニッケル基耐熱超合金 MAR-M200+Hf(PWA1422)
- 結晶構造:一方向性凝固(DS材)
- 冷却方式:コンベクション+インピンジメント
- 搭載機種:ボーイング B747-200B
- 備考:ハイパフォーマンス型JT9Dエンジンとして開発された-7Qは、タービンブレードも大型化され形状が大きく変化した。DC-10用のJT9D-59Aもこの形状と思われるが現在確認中。
⑥:JT9D-7Qの改良型タービン
- エンジン型式:P&W JT9D-7Q
- 開発年:1990年以降(確認中)
- 材質:ニッケル基耐熱超合金 MAR-M200+Hf(PWA1422)
- 結晶構造:一方向性凝固(DS材)
- 冷却方式:コンベクション+インピンジメント+フィルム
- 搭載機種:ボーイング B747-200B
- 備考:この空気力学的なデザインと形状が後のPW4000シリーズの基になっている。現在でも一般的な部類に入るブレード形状。
まとめ:画期的なJT9エンジンはB777用PW4000へと進化!DNAはこれからも引き継がれていく。
厳密にいえばJT3D ターボファンエンジンなど基礎的な開発があったからこそではあるが、B747用のJT9Dエンジンは革命的に進化を遂げたエンジンに間違いない。
1982年に開発されたB747-300用のJT9D-7R4Gエンジンでは、タービン翼にニッケル基耐熱超合金による単結晶ブレード(SC)が世界初の民間機エンジン用として使用開始された。
鋳物技術における金属の単結晶(SC)製法がどれほど凄いかという有名な例え話がある。
この技術を使えば…
・海峡横断橋も不可能ではない。
・翼幅が1000mの航空機さえも必要なら作ることができる。
これほど高強度かつ耐熱性の高い(長時間使用可能)な超合金は、これまでの精密鋳造(CC)や一方向凝固(DS)では達成できなかった。
鋳物技術はこの単結晶でピークに達したとさえいわれている。
これ以降、現代のB777(PW4000エンジン)でも高圧タービン翼には単結晶技術が用いられている。
金属材料・ブレード形状・コーティング技術は日々進化しているが、JT9DのDNAは今後のエンジンにも引き継がれていくものと思われる。
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先ほどのOB整備士です。私は昔エンジンに携わっていました。当時は日々の仕事に追われ、このような金属構造にもあまり興味はなかったというのが本音。毎日、ただ廃棄物として扱っていたブレードにここまで愛情を持って接していた人がいたとは驚きました。そんな自分を振り返ると恥ずかしいやら悲しいやら複雑です。今となっては存在しないブレードの数々大切にされてください。
資料的価値のある画像ですね。因みに⑤のHPTタービンは-59Aでも使ってましたよ。